私は発達障害だけど「人生をやり直したい」と思ったことがない理由

人生をやり直したいと思わない 考えかた

「あぁ、もしも人生をやり直すことができるならなぁ」みたいな台詞って、人生で大きな失敗をした人には”あるある”なのかもしれない。

そうすると、人生で無限に失敗を繰り返している発達さんな私もそう思のが自然なのかもしれないが、なんと私は今まで生きてきた中で「人生をやり直したい!」なんて考えたことは一度もない。

むしろ「そんなのはゴメンだぜッ! 私は今の人生だけで十分なんだ!」と宣言したいぐらいである。

言っておくが、それは決して「私は失敗しても悔いのない人生を歩んできたから」とか「発達障害の人生も振り返ってみれば案外悪くなかったぜ」なんてお綺麗な理由からくる気持ちでは断じてない。

むしろ逆である。

例え幼稚園児から人生をやり直したところで、きっと私は、空気を読めず他人と反りが合わず友達もできず容量も悪く勉強ができず学校ではハブられ社会に出てもハブられ普通の人と一緒に働くことが無理で他人を拒絶し自分だけで細々と生きる道しかない人生を歩むことだろう。

あれぇ? それって今の人生と同じなんじゃね??

つまりそういうことヨ!

どれだけ人生をやり直したところで、発達障害というバッドステータスが付いている限り、行き着く先は決まっているのだ。

むしろ、学生時代は自分が発達障害だという自覚がなかったおかげで、なんとかやり過ごすことができたけれど、もしも発達障害の自覚を持ちながら子供時代をやり直したら、さぞ無気力で無関心で濁った目をした子供になることであろう。

誰が好きこのんで、こんな人生をもう1回過ごさにゃならんのじゃい!

普通の人が「ああしておけばなぁ」と思えたところも、私からしてみればああするしかないんだよなぁ」である。諦めである。

例えば、私が自分の適正を理解できずに慣れない仕事に就いて失敗した、ということなら回避できるだろう。確かにそれなら無駄に傷つくのを防ぐこともできる。

しかし、それは結局、選択肢A〜Zのうち、最初から「自分にはZ以外の道は無理だ」と知っているだけで、決して人生をやり直したからといって選択肢が増えるわけではないのだ。Z道に行き着くのが早くなるか遅くなるかの違いである。

それって、人生をやりなおす意味ないんじゃネ? である。

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人生をやり直す必要なんてない! 今だけで十分だ!

↑の字面だけ見るとなんか凄くカッコよく見える。まるで今の人生を悔いなく生きることを誓っているような気さえする! 本当はそんなことないのに!!

けど実際、発達障害な私たちは普通の人に比べて出来が悪い人生を送っているけど、必死さでいえば普通の人よりも断然上だと思う。

だってアレですよ? 普通の人は普通にしているだけで普通に生きられるのに、私たちなんか最低限の生活を維持するのだって必死にやらないと淘汰されちゃうんだから、むしろ発達障害の私たちって、生きているだけで偉い!

と、言っても過言ではない気がするネ!

日本人口の数%と言われる発達障害という業を私たちが背負っているおかげで、普通の人たちは普通に生きられるのである。

つまり生きているだけで善行を積んでいることになる発達障害持ちは、いわば生まれついての修験者である。

そんな偉い私たちがどうして人生をやり直すなど考える必要があるというのか?

つまりはそういうことYO!

なんてことをつらつらと考えながら私は生きているわけだ。

嗚呼、今日もまた一つ人生を悟ってしまったぜ。なむなむ。

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