不安症な私の心が仕事の責任や不安に耐えられないのは、いつも”最悪の状況”を想像しているからだ【発達障害メモ】

最悪な想像ばかりする不安症のストレス 考えかた

私は超がつくほどネガティブな人間だ。

なにかと悪い方向にばかり物事を考えてしまうので、いつも見えない不安に怯えている。

そりゃあもう生まれたての小鹿のようにプルプル震えてしまう。

心配性なので、行動する前には必ずシミュレーションをして不測の事態に備えている!

たとえスーパーに買い物に行くときだって例外はなく、想像の中の私は様々なトラブルに遭遇してしまうのである。

たとえばレジで店員がレジの打ち間違えをして揉めたり、マナーの悪い客と揉めたり

財布を忘れて周りから笑われて酷く屈辱的な気持ちになったり

もう二度と会いたくないと思っていた辞めた職場の人と偶然鉢合わせしたり

イラついた私がブチ切れて暴言吐きまくって相手と喧嘩になったり

――という妄想を毎回してるのじゃい!

ここで問題なのは、想像している私まるで実体験したかのように酷いストレスを感じて心にダメージを負ってしまうということだ。

私が人生で感じるストレスの大半は、現実では起こってない想像上“もしかしたら起こるかもしれない悪い出来事”によってもたらされている、といっても過言ではない。

実際、そんな最悪の状況になったことはまだ一度もない。けれど私は最悪を想定することをやめられない。

まず起こらないようなことを想像して一人で悶えるのだ。まるで中学生が「教室に強盗が押し寄せてきたのを華麗に撃退する俺TUEEEE!」という妄想をするかのように!

ただし、中学生がするのは自分が気持ち良くなるための妄想だが、私は自発的に自分を苦しめる妄想をしている。

私の方が変態度は上だろう。

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不安症の私に仕事の「責任」は重すぎる

そんなの想像しなけりゃいいじゃん?

と言われるかもしれない。おそらく普通の人には理解できないことだろう。

なぜ自分で自分を苦しめるのか。それは、おそらく私がとてつもなく臆病な生き物だからだろう。

理不尽な出来事、人の悪意、そういったものに、不意に襲われるのが怖いから、あらかじめ想像しないと心が休まらないのだ。

まあ想像することで自分を追い詰めているのだから、心が休まるどころか鬱になってしまうこともあるけどネ!

だから仕事で責任のある立場に就くなんてのは、どだい無理な話なのだ。

管理職はおろか、小さなグループのリーダーポジションだって無理だ。

実際に私は、過去に職場でそういう立場になったことがあるのだが、うん、悪いことを想像しすぎて鬱になったネ!

夜がくると「明日はもしかしたら、こんな悪い状況になるかもしれない……」とか最悪の妄想が止まらず、不安で眠れなかった。夜中にトイレでリバースするのが日課になるぐらいヨ。

そして私は、まだ起こってないけど、もしかしたら今後起こるかもしれない最悪の出来事に耐えきれず、その仕事を辞めたのである。

はたから見れば、滑稽極まりないだろう。

そんなの、実際に起こってから対処すればいいことは理解している。

けれど無理なのだ。これは理屈ではない。私の精神構造がそういう仕組みになっているのだ。

やめられない止まらないである。

たいていの会社が、入社する際には誓約書やら保証人やら書かせるじゃん?

あれって、明らかに故意の過失とかでない限り、それは会社が負担するもので、いち社員が損害賠償なんてまずされないのはわかっている。

わかっているんだけどぉぉぉ?

その書類を見た瞬間

私の脳内では、会社と損害賠償の裁判で戦う妄想が止まらんのだッ!!

だからなるべく責任のない立場をキープする”のが私の信条である。昇進とかまじいらぬ。上昇思考なんて、とっくにゴミ箱へポイしたんだぜ?

けれど、私と同じようなネガティブ想像が止まらない心配性人間だけど「諦めず不安と向き合って生きたい」というガッツが残ってる人は、D・カーネギーの『道は開ける』とか読めばいいんじゃないかなっ。

私も過去にその本を読んで、ちょっと気が紛れた頃があったけど、もう頑張るのに疲れ果ててしまったので「道は無理して開かなくてもいいんじゃね?路傍でも細々と生きればええやん」に落ち着いた次第でございます。

以上、ちょっと心配性私の生態についてでしたとさ。

えっ?問題の解決策とか書かないのかって?

そんなん私が知りたいわっ!!

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