なんの迷いもなく自分を信じて生き続けられる人なんてのはそうそういないと思う。
とくに私たちのような発達障害者は、挫折や苦悩によって自分の人生に疑問をもたずにはいられないのではないだろうか?
そして、発達障害という理不尽に翻弄され続ければ精神的にも不安的になり、心が折れそうになる。
「いったい、どうすればいいんだ!?」
「もう何を信じてればいいかわからない!!」
そんな状況になったとき、自分だけで心を支え続けるというのは、鋼のような精神力がなければ難しいだろう。
私たちは、自分だけではどうしようもない状況では、心を預けられる存在が必要なのだ。
それは人によって、宗教だったり家族だったり、友人であったりするのだろうが、生憎と私は無宗教者で家族との仲も悪く友達がいない!
であるからして、それ以外の心の拠り所というものを用意してやらねばらならないのだ。
心の支えになる愛読書
仕事に恐怖し心が押しつぶされそうになったとき、D・カーネギーの『道は開ける』を読んだことで心が軽くなった。
発達障害という理不尽な人生を恨んだとき、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を読んで、どうしようもない苦難にあってなお、人生を投げ出さなかった人の心のあり方を知った。
人生を長い旅だとすれば、道に迷ってしまうこともある。
今まで、どちらに進めばいいのか確信が持てないとき、本に書かれた先達の言葉が私に行先を示してくれた。
自分に必要な言葉が書かれた本を探す
もしも「心の支えが欲しい…」と願って、人に悩み相談なんかしたところで、誰もあなたの心は理解はできない。
だから、他人によって、今あなたに必要な言葉をピンポイントで与えるなんてことはまず無理なのだ。
しかし、どこかの本のどこかのページのどこかの一文にはそれが書かれているだろう。
けれど、その本はあなたを助けるために書かれているわけではないから、自動的にあなたを助けに空から降ってきてはくれないのだ。
多くの人ががオススメした本だから、必ずしもそれが自分の求めた本であるとも限らない。
自分が助かるには、自分でその本を見つけなければいけない。
今の自分に必要な言葉がなんなのかは分からなくても、本に書かれたその一文を読んだとき「ああ、自分に必要なのはこれだったんだ」と心が理解するだろう。
結局のところ、いくら本があったとしても、助かるためには自分でなんとかしなければいけないのだ。
だから家で悩みに頭を抱えているよりも、図書館に駆け込んで手当たり次第に色々な本を読んでみたほうが助かる確率が高いのは明白である。
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