発達障害に気づかない親に否定されて育った子供は劣等感を植えつけられる

発達障害の子供の特性に合わせた育て方が必要 人間関係

誰だって子供の頃は親に叱られたことがあるだろう。

その理由が、悪さをしでかした子供の躾というならわかる。

しかし”周りと同じようにできない”ことを叱られたとき、子供ながらに納得できない不満を感じていたのではないだろうか?

発達障害をもつ子供であれば尚更である。

もしも親に発達障害に対しての理解がなければ、その子は幼少期を理不尽な思いをして過ごせねばならないだろう。

私がそうであったように!!

発達障害持ちには“できない”ことが多い。
しかし、それは”特性”であって、努力でどうこうできる問題ではないのだ。

更に物事への興味関心、いわゆる価値観というものが普通の人とズレていることもある。
それが行動にも現れてしまい「この子はおかしい」という目で見られてしまう

しかし「周りと違う」という理由で怒られるのは、人間性そのものを否定されるのと同じである。

こうして幼少期から理不尽に怒られ、抑圧されてきた私は、親から劣等感を植えつけられてしまったのだ。

子供の”特性”を叱る親は劣等感を与えている自覚がない

「自分を困らせるから子供を叱った」
それが多くの親が子供を叱る理由である。

親が期待した結果を出さない。親の思い通りに動かない。
それだけで子供を叱り付けるのは親のエゴでというものだ。

周りの子供と同じに育てようとすること自体間違っている

親としては、子どもが社会に適応するためにも、他の子と同じように育てたい。
その気持ちも分からなくはない。

しかし、発達障害の子供にそれを求めるのはあまりに残酷である。

特性によって、向いていることもあれば、向いていないこともある。
学校で周囲と同じ勉強をさせたとしても、他の子と同じように育つなんてことはない。

他の子が塾に通ってるから、自分の子も通わせる。
他の子たちが習いごとをしていれば、自分の子にも習わせる。

それが子どもに合っていれば、結果的には良い成長に繋がるが、子どもの適正に合わなければ、いくら同じことをさせても成長は期待できない。

私の親は、自分が子供に習わせたいことばかりを押し付け、私が何をやりたいのかということを無視していた。

その結果、私はどの習い事でも他の子について行けず途中で習い事に行くのが嫌になり逃げ隠れるようになった。

そうすると、親は「他の子はできるのに、どうしてできないの!?」と怒り、私は劣等感を蓄積していったのである。

自分が劣っていると思い込んだ子は、学ぶことへも消極的になり、親の望みとは裏腹に社会への適応能力は育たない。

親と子は別人であり、持っている適正も違うということを理解してほしい。

「自分のときは上手くいったから」と同じ育て方をしても、子供も上手くいくとは限らない。

また、「自分が子供のときに出来なかったことを子供にさせてあげたい」というのも、子供の意志を尊重しなければ親のエゴである。

これは、私が実際に経験してきたことである。
マジである、ノンフィクションっ!

親が子どもの発達障害に気づかないと悲惨

「どうして自分には生まれつき欠陥があるのか」

周りと違うことに気づいた子供はその不条理に悩み苦しむ。

まず言いたいのは、発達障害をもつ子供の親は、子供の欠陥に気づいてほしい。ということだ。

自分の子供に障害があるなんて想像できないし、ちょっとおかしいところがって、それを発達障害だとは思いたくないという気持ちもあるだろう。

しかし、一番最悪のケースは、発達障害だと自覚しないまま大人になってしまうことである。

辛くとも、子供の頃から自分の欠陥と向き合ってこなければ、大人になっていきなり「自分には欠陥がありました」なんて事実を知っても、色々と手遅れなのだ。

育て方次第で発達障害の子供は親を憎む

考えてみてほしい。

発達障害というのは先天的な障害である。

おぎゃあと産まれた時点で既に発達障害持ちの子供なのである。

望んでこうなったわけではなく、いわば生まれつきペナルティを課されているようなものだ。

理不尽である。当人にしたら理不尽すぎてやってられなくなる。

もしも、親がちゃんとそのことに気づき、フォローしてあげることができていたのなら、子供は苦労しながらも自分と向き合いながら生きていける確率は上がるだろう。

しかし、私の親のように、子供の欠陥をただ叱るだけしかしてこず、大人になってから自分が発達障害と気づいたとき、子供は親を憎むだろう。

まあそれは私のことなのだが。

理不尽が恨みつらみで爆発だ!

色々溜め込みながら生きてきた私だが、ある日、親との口論の最中に、発達障害の欠陥部分に暴言を吐かれたときだった。

なんとか抑えていたものが一気に吹っ切れ「あんたらがこんな風に産んだんだろ!?」と吐き捨てた。

しかし私の親は「そんなこと知らない」と言うのである。

知らないで済ませられるだろうか?

子供の辛さ、痛み、悲しみ、それを「そんなつもりはなかった、そんなの知らない」と言うのはあまりにも無責任である。

これは親の責任でもあるのだ。

前述した通り、もしも幼い頃に親が私の発達障害に気づき、フォローをしくれていたなら、このような考え方にはならなかったのだろう。

親の責任を放棄すれば、発達障害の子供はいづれ親を恨むようになるだろう。

これがどんなに辛いことなのか、正常な人間には理解できない苦しみだろう。

「もっと親の気持ちを考えなよ」「親のせいにしたって解決しないよ」という人もいるだろうが、理屈や綺麗事じゃあ片付かないのだ。

こうなりたくなければ、子供のことはちゃんと見てあげようねと、私は全国の親御さんに忠告する。

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